守ろう 育てよう にっぽんの伝統野菜

伝統野菜スペシャルインタビュー
江戸・東京野菜研究家
大竹道茂氏 インタビュー

江戸・東京野菜の第一人者で、その復活や発信に尽力されている、
江戸・東京野菜研究会の代表である大竹道茂氏にインタビューをさせていただきました。江戸・東京野菜の歴史や魅力、展望などをお話していただきました。

PROFILE:江戸東京野菜の復活に取り組み、江戸東京・伝統野菜研究会
代表をはじめ、農林水産省選定「地産地消の仕事人」や
総務省「地域力創造アドバイザー」など、多くの要職を務める。
著書に江戸東京野菜(物語篇)などがある。
江戸東京野菜通信 http://edoyasai.sblo.jp/

伝統野菜は日本の歴史と文化を伝える、おもてなし食材ですね。

江戸東京野菜には江戸と東京と名前がついてますね。京都や奈良はどの時代でもその呼び名ですが、ところが東京は江戸時代があり、大政奉還で東京になりました。東京の時代になってから生まれたものもありますので、そう呼んでいます。そして大切なことは、種を通して、今日まで命が伝わってきているというところがポイントです。
種を蒔けば同じものができると思っているかと思いますが、今、みなさんが食べている野菜のほとんどは一代雑種というもので、常に種屋さんから買ってこないと同じものが出来ない野菜です。しかし、伝統野菜は昔から農民が種を蒔き、作り、そして食べ、食べた中に種があれば、それを蒔く、なければ、種採り用を栽培するということで、種を通して、命が今日まで繋がってきているのです。それが江戸東京野菜です。今、これをなくしたら、復活することができないものです。パンダと同じように、希少なものなのです。

江戸は家康が入ってきてから100万人都市、世界で一番の大都市になりましたが、その前までは寒村だったのです。参勤交代制度が確立すると滞留人口も増えて、野菜が不足したのです。そこで、各地の大名たちが自分の国元の野菜の種を持ってきて、屋敷内で作ったのです。そして江戸の気候風土に合ったものだけが残ったのです。
五代将軍綱吉が将軍になる前に、尾張から大根の種を取り寄せて、練馬で作らせました。あの辺りは関東ローム層の火山灰土が深いところです。そこで尾張の種を蒔いたら、1mにもなる大根ができました。それが練馬大根です。人参は、滝野川にんじん、ごぼうは滝野川ごぼう、と共に長い。そのような野菜は他にありませんでしたので、この種を持って帰れば村の衆の生活が楽になるということで、江戸土産としてその種を持って帰ったのです。練馬大根は全国にその種が持ち帰られ、今も、練馬大根の孫やひ孫の練馬系大根が全国にあります。また、我が国のゴボウの8~9割は滝野川系とも云われています。 このように伝統野菜はひとつの場所でとどまっているというよりも、全国に伝わっていき、その土地の食文化を育みその土地の名で呼ばれているものが多くあります。

もうひとつ有名な話ですが、八代将軍吉宗が鷹狩りに興じていた時に、お腹が空き、田圃の中の神社で食事を依頼すると、何もないがと云って、焼いた餅のすまし汁に彩りとして庭に生えていた青菜を添えてたものを出してくれたそうです。それを食べた吉宗が「これは美味しい、何という菜っ葉だ」と尋ねたそうです。宮司は「特に名前はないが、この辺りに生えているものです」と答えたことから、吉宗は、その辺りは小松川という所だからと、小松菜と命名したそうです。これが、江戸・東京に伝わるお雑煮の原型です。
この小松菜は昔は東京周辺しか作っていませんでしたが、昭和40年代に品種改良され、一代雑種になったことで、北海道から沖縄まで一年中栽培できるようになりました。伝統野菜は侍の時代からのものも含め、ひとつひとつに物語があることもポイントですね。来日した外国の方にも侍の時代のものが今にあるんだと、ロマンを感じてもらえると思います。江戸東京野菜はそういった特徴もありますね。

私は30年近く江戸東京野菜の復活や発信に携わっていますが、その昔は都市に農地はい らないという国の政策がありました。当時は自治体も災害や環境の対策などの観点から、反対していたのですが、江戸の歴史文化を今に伝える農地や農村文化も守る必要性があると思っていました。東京の農民というのは江戸時代からの末裔なのです。そういう方々の歴史文化、東京に農地があるから当時のことも伝えられるのです。その中で、その村々に練馬大根のような土地の名前の付いた野菜があったのです。今や大根は青首大根しか手に入りませんが、「粋な江戸っ子は白首大根!」で、練馬大根を初め江戸の大根は全て白首大根でした。江戸の大根料理は、肉質の異なる青首大根では再現できないのです。
今は作る人が減っていく中で、伝統野菜が絶滅する前に、探し出して残しておこうということで、活動を始めました。

昭和40年代に国の指定産地制度ができまして、産地を希望する地域が手を挙げて、国が指定するのです。うちは大根を作る、キャベツを作る。例えば群馬の嬬恋はキャベツの一大産地ですね。そうやって産地から大量に都市に送られてくるようになりました。 しかし、伝統野菜は形などの揃いが悪いのも特徴で、規格重視の流通の中で、ダンボールに納まらない野菜が多くできることから、品種改良の技術が進み、規格に合う一代雑種が作られていったのです。その後、子供が嫌いな野菜の、にんじんやピーマンなどは、匂いを少なくしたり、甘くしたりしています。そいう品種改良が行われていますから、野菜本来の昧はわからなくなっています。年配の方は、伝統野菜を食べると懐かしい味がすると言い、またあの味を食べたいと言います。そういうところからも、伝統野菜は注目されてきています。

伝統野菜は規格に合わないものですから、都市に大量に送ろうというものではなく、食べに来てもらう、各地域のおもてなし食材なのです。2020年には東京オリンピック・パラリンピックもありますが、海外の方に、東京に来てもらって、江戸東京野菜をぜひ、食べてもらいたいですね。